初めて体験した震度4以上の地震
2月13日の23時くらいに大きな地震がありました。
私は宮城に住んでいるので震度5以上の揺れを感じ、本当に怖かったのを今でもすぐに思い出せます。
私は元々群馬にいたので、初めて震度4以上の揺れを体験したのですが、そのお話になります。
いつもは大きくても震度4くらいだった
2月13日にあった地震で宮城は震度5から6の揺れがありました。
10年前の3.11では更に大きな地震がありました。
しかし、阪神淡路大震災であったり、東日本大震災であったり、新潟中越地震であったり、熊本地震であったり……と日本では大きな地震が多くあります。
私は地元が群馬だったり、東京で一人暮らしをしていた経験があります。
ただ、その中で一番大きく揺れを感じられたのは震度4まででした。
私は地元に戻り、実家にいたときは親戚の旅館で働いていたのですが、東日本大震災が起きたその時も震度4ほどでほぼ被害がなかった地域です。
「おぉ、テレビがすごい揺れたな」
くらいの認識でそのまま仕事にいったら、東北ではとんでもないことが起きていたというのを覚えています。
そして、地元では被災した人を受け入れる、ということもやっていたので、そのお手伝いなどもしていました。
しかし、大きな揺れに関しては「すごいんだろうな」という認識しかありませんでした。
話には聞いていた大きな揺れ
私が宮城出身の妻と結婚をして、宮城に来ることになったのは3年程前のことです。
東日本大震災が起きたときに、被災地である宮城県に行くことになるなんていうことは考えていませんでした。
そんな中で地震の話は妻とちょこちょこ話したりしていて、当時妻がどうしていたかという話を聞いたりもしていました。
先代犬である空ちゃんは動けない中で落ちてきた本に埋もれてしまった。
沙羅は空ちゃんが見えなくなったり、揺れがあることで端っこに隠れていた。
妻が2匹を心配してすぐに帰ろうとしたけど渋滞をしていた。
などなど、もっといろんな話を聞いていました。
しかし、それでもお話として聞くだけであって、私自身は経験していません。
なので、やはり他人事というか、そういった部分がありました。
そしてきた、震度6の地震
私の中で今後そんな大きな地震が来るはずがないとは思っていませんでしたが、それが今日になるなんて、とは思いませんでした。
揺れ始めて、どんどん大きくなっていき、パソコンが大きく揺れている。
そんな中で一番先に考えたのは紅羽の安全と妻の安全です。
妻は丁度入浴中のときで、本当に焦っていたのではないかと思います。
大丈夫かどうか聞いたときに、声に恐怖の色が混じっているのが分かりました。
そして、私も2人の安全を考えなければと思ってはいましたが、足がガクガクと震えて本当に怖かったです。
知識として地震のときにどうしなければいけないというのは分かっていますが、いざ自分がそうなってみると冷静に考えられませんでした。
それが無意識に分かっていたから、妻と紅羽だけはどうにか、と思っていたのかもしれません。
まだまだ注意が必要
今回の地震を受けて「また揺れるのかな……」という妻の言葉を聞いて、東日本大震災のとき本当に怖い思いをしたんだろうなと伝わってきました。
妻も当時のことを思い出し、今回の地震で鮮明に思い出してしまったのでしょう。
その言葉だけでも、妻がどれだけ怖い思いをしたのか、というのを実感することができました。
今回我が家では大きな被害はありませんでしたが、他の場所では被害が出た場所もあるとニュースで聞いています。
余震に注意をするのはもちろんですが、これからまだ大きな地震がないとも限りません。
今回のことで妻の恐怖が少しだけでも理解することができましたので、私自身も色々覚悟をしつつ、備えていこうと思っています。